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風声鶴唳(ふうせいかけい)

By 中国のストーリーサイト | 12:22 PM CST, Wed September 10, 2025

成語「風声鶴唳」の「唳(れい)」とは鳥の鳴き声を意味する。「風の音や鶴の鳴き声をすべて敵の叫び声と誤認し、追撃部隊が来たと疑う」ことから、極度に動揺し、神経が張り詰めた状態を表す。

このことわざの語源は『晋書・謝玄伝』にある。「堅の軍は崩れて逃げ散り、残った兵は鎧を捨てて夜な夜な逃げ惑った。風の音や鶴の鳴き声を聞くと、みな王師(おうし、晋軍)が来たと思い込み、野宿をしながら歩き、飢えと寒さに苦しんだため、十中八九が死んでしまった。」

西暦383年、前秦の皇帝・苻堅(ふけん)は90万の大軍を組織し、南下して東晋を攻撃した。東晋王朝は謝石(しゃせき)を大将、謝玄(しゃげん)を先鋒として、8万の精鋭兵を率いてこれに迎え撃った。

苻堅は自軍の兵数と将帥の多さに自信を持ち、晋軍を打ち破る確固たる自信があった。彼は兵力を寿陽(現在の安徽省寿県)東方の淝水(ひすい)の畔に集結させ、後続の大軍が到着するのを待ってから、晋軍に対して本格的な攻撃を開始しようとした。

少数で多数を打ち破るために、謝玄は計略を巡らせ、使者を秦軍の陣営に送り、秦軍の先鋒にこう提案した。「貴軍が淝水の畔に陣を敷いているのは、持久戦を意図しており、即決戦を望んでいないことが明らかです。もし貴軍が少し後退し、我軍が淝水を渡って決戦を行うことができれば、むしろ良いのではないでしょうか。」

秦軍内部で協議した際、諸将は皆、淝水を堅守すれば晋軍は河を渡れない。後続の大軍が到着すれば、晋軍を完全に撃破できるため、晋軍の提案を受け入れるべきではないと判断した。

しかし、苻堅は勝利への渇望が強く、諸将の意見に反対し、「我軍が少し後退し、晋軍が半分ほど河を渡った頃、残りの半分がまだ渡河中であるその瞬間に、精鋭の騎兵で突撃すれば、我軍は必ず大勝利を収められる」と主張した。

こうして秦軍は後退を決断した。しかし苻堅は予想しなかった。秦軍は臨時に編成された部隊であり、指揮系統が統一されていなかったため、後退の命令が下されると、前線で敗れたと誤解し、慌てて後方に向かって崩れ去って逃げ出した。謝玄は敵軍が崩壊しているのを見て、部下に速やかに河を渡らせ、敵を攻撃させた。秦軍は敗走途中、武器や鎧を捨て去り、大混乱に陥り、互いに踏みつぶして死ぬ者も数知れなかった。晋軍の追撃を何とか逃れた兵士たちは、逃げる途中で風の音や鶴の鳴き声を聞くと、すべて晋軍の追撃が来たと信じ込み、昼夜を問わず必死に逃げ惑った。こうして晋軍は「淝水の戦い」で大きな勝利を収めた。
 

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