呂后(りくこう)の父は年配の私塾教師で、大富豪でも高貴な身分でもないが、相当な名望家であった。娘は二人おり、容姿は申し分なく、どちらも花のような美しさだった。長女は少し変わっていて、年頃になっても他人に縁談を持ち込むことを許さず、自分で気に入った相手を選びたがっていた。呂老先生は娘の結婚話がまとまらないことに焦り、腹を立てて次女を犬を屠る者である樊噲(はんかい)に嫁がせてしまった。
この日は老先生の誕生日であり、人々が次々と祝いに訪れていた。次女の婿である樊噲は寿礼を用意し、出発しようとしていたところに、劉邦が突然やってきた。樊噲は慌てて尋ねた。「季兄(きけい)、何か用ですか?」
「おい!肉を食べられないと、心が落ち着かないんだよ!」
「すまないな!」樊噲は急いで説明した。「今日は岳父の誕生日だから、今日は殺生はしないことにしているんだ。」
「ああ、なるほど。」劉邦は考えると、すぐに笑顔になり、「俺たち兄弟は一心同体だ。一緒にお祝いに行こうじゃないか。」
「そ、それは……」樊噲は劉邦のこんな態度に驚き、一瞬呆然とした。
「俺の貧乏っぷりが心配か?心配するなよ。山があるところには必ず道もあるさ!」
二人は呂家の家に着き、戸を開けて中庭に入った。ちょうど正午となり、すぐさま寿宴が始まるという時間だった。樊噲は急いで寿礼を並べ、一方劉邦は一人で礼簿(らいぼく:贈答品を記録する帳簿)の机に向かい、両手を合わせて言った。「皆さん、失礼いたします!」
礼簿を記録する係の者は頭も上げずに聞いた。「お名前と、献金額をお願いします。」
劉邦は名前を告げ、少し考えてから、自分の名前の後ろに「寿銀万貫」という四文字を大きく書き、書き終えると立ち去ろうとした。係の者が劉邦の袖をつかみ、「待て!一万貫の銀貨はどこにある?」と問うた。劉邦は微笑んで振り返り、係の者の手から大きな筆を奪うと、「寿銀万貫」という四文字の下に素早く「欠」という一字を書き加え、筆を投げ捨てて去っていった。
だが、周囲の人々が見ている中、逃げられるはずもない。人々は口々に非難した。「世に、寿礼を借りて祝いに来る者を見たことがあるか?」
劉邦はそれを聞いても全く動じず、目を細め、人差し指を立てて口の中でつぶやいた。「万貫万貫、八方からの奉納。日月出会い、地支天干(ちしちんかん)。山河共に携わり、いずれ清算して返す。」
この大言壮語を聞き、係の者は遠慮なく反論した。「では、江山(天下)を担保にできるのでしょうか?!」
呂先生の長女は窓越しにすべてを鮮明に見て、はっきりと聞いていた。彼女は心の中で思った。「この男には志がある。」そして急いで父親のところへ走り寄った。ちょうど呂老先生が寿宴の席次を決めていたときで、長女は我慢できず、大声で叫んだ。「昔の決まり通りです!—礼金の額によって席を決めましょう!」
呂老先生も慌てて言った。「そうだ、そうだ。古礼に従え、古礼に従え!」そこで人々に、礼金の額に応じて座るように命じた。彼が「寿銀万貫」という四文字を見るや否や、目がくらみ、気が動転し、思わず大声で叫んだ。「劉邦、上座へ!」
劉邦はほのかに微笑み、堂々と前に進んだ。樊噲はわけがわからず、ただ兄の後を必死についていった。
その後、呂老先生が真実を知ったが、もうどうにもならなかった。樊噲がいろいろと説明した結果、逆に劉邦を非凡な人物だと感じるようになった。長女はよくこの出来事を口にした。次女も気づき、なぜ姉を劉邦に嫁がせないのかと考えた。そこで樊噲夫妻は力を合わせ、仲立ちをして、ついに良縁が結ばれた。後に高祖(劉邦)が天下を取ると、呂氏一族に厚遇を与え、「江山の借財」を果たしたのであった。