あなたたちの目には、靴を買おうとする人だけが顧客に映る。しかし私の目には、誰もが顧客だ。私に必死に帽子を売りつけようとする人さえも含めてな！
20世紀20年代、スポーツが盛んになるにつれて、ドイツの小さな町ヘルツォーゲンアウラハ（Herzogenaurach）には、次々と3つのスポーツシューズ工房が現れた。そのうちの1つを経営していたのは、20代前半の若者だった。彼はもともと父とともに路上で靴を修理する靴屋の職人だったが、スポーツ業界にビジネスチャンスを見出し、大胆に投資してこの製靴工房を立ち上げた。
ある時、この若者と他の2つの工房の主人たちが、ニュルンベルクへ靴を売りに行くため、バスに一緒に乗っていた。途中、大きな帽子の袋を提げたセールスマンが乗り込んできた。彼は常に商売のことを考えているタイプで、バスに乗るやいなや、バッグから何頂かの帽子を取り出して、彼らに熱心に売り込み始めた。
若者と他の2人の主人も自分たちの商品を売るために出かけていたので、当然ながらその帽子には興味がなかった。2人の仲間はそれぞれ窓の外を向いて無関心を装ったが、若者は違った。彼は興味深そうに話を聞いていた。その後、セールスマンが「一頂買いませんか？私が降りたら、このチャンスを逃してしまいますよ！」と声をかけた。
「おっしゃることはもっともですが、あなたの外見が私の購買意欲をかなり下げていますね」と、若者は真剣に答えた。
「私の外見？服装が不似合いかということですか？」と、帽子のセールスマンは首をかしげた。
「いいえ。とても良い帽子をかぶり、立派な服装をされていますが、靴がほこりや泥だらけです。これでは、あなたが売る商品のイメージまで間接的に損なわれてしまいます」と若者は説明した。
セールスマンは慌てて靴の汚れを払い落とそうとしたが、明らかに泥は簡単に落ちなかった。彼は困ったように言った。「営業マンは走り回るんですから、これは避けられないですよ。」
「確かに。でも、いつでも拭き取れる運動靴を履いていれば、こんなことは完全に避けられますよ！」若者はそう言いながら、自分の靴を差し出し、ほこりを振りかけ、湿った布で拭くと、あっという間にきれいになった。
帽子のセールスマンの目が輝いた。運動靴を履くのは確かに良い選択だと気づいたのだ。ブーツより歩きやすく、何より革靴のように拭けばすぐにきれいになる。これで自分のベストなイメージを保てば、見た目が原因で他人の購買意欲を下げることもない。
セールスマンは我慢できず、「その靴はどこで買えるんですか？」と若者に尋ね、降車後、すぐにでも一足買いたいと興奮して語った。すると若者は、そばにあった大きな靴のバッグを開いて言った。「今、ここから買えますよ。」
結果は言うまでもない。若者にひたすら帽子を売りつけようとしていた男が、最終的に若者の手から一足の靴を買ってしまったのだ。一方、若者と一緒にいた他の2人の主人たちは、ずっと窓の外をぼんやりと見つけていただけだった。
数年後、若者の工房は大規模な靴製造会社へと成長したが、他の2人の工房の主人たちは依然として停滞し、やがて廃業し、若者の会社で働くことになった。彼らがかつて「どうやってそんな成功を収めたのか」と尋ねたとき、若者はこう答えた。「あなたたちの目には、靴を買おうとする人だけが顧客に映る。でも私の目には、誰もが顧客だ。私に必死に帽子を売りつけようとする人さえも含めてな！」
この若者の会社こそ、後に世界中に知られるドイツのスポーツ用品メーカー「アディダス（Adidas）」であり、彼自身がアディダスの創設者、アドルフ・ダスラー（Adolf Dassler）だった。